内藤 デュラン 晴久

家族、友人、MIの先生...
沢山の人達に支えられたギター経歴
Q.ギターを始めたきっかけを教えて下さい。
プロのベーシストとして活動してた父親からの影響ですね。バンド好きの友達の影響で小学6年くらいからバンドというものにのめり込んでいって、中学2年の時に父親から「弾いてみれば」と言われて古いギターをもらったのがきっかけです。小さい頃からピアノを弾いていたんですが、あまり好きじゃなくて小学6年のときに辞めてしまったんですよ。その後、中学に入ってからまわりでバンドが流行りだして、初めはキーボードで演奏してたんですけど、「ギターの方が動けるしカッコいいな」と思ってギターを始めました。
Q.ギターを始めた当時、誰かに弾き方を教わりましたか?
友達にタブ譜の読み方を教わって、近所のギターのうまい先輩にも少し教わりましたね。あとは教則本などを読んで勉強しました。実際レッスンを受けたのはMIが初めてです。やはり父親からの影響でLed Zeppelinとかのコピーをしてました。
Q.初めての音楽の仕事はどんな仕事でしたか?
僕、高校生の頃、海外にいたんです。そこでショーバンドやっていた親戚のおじさんが、バンドに僕を誘ってくれて、もう一本のギターとして入れてもらいました。そのバンドでプレイしたのが初めての音楽の仕事です。活動はバーが主で、大学に入るまでの数ヶ月間演奏させてもらいました。僕にとっては演奏が出来る場所を与えてもらった感じですかね。ショーの流れは、まず1時間の演奏をして、休憩をはさんでその後もう1ステージ演奏するというものでした。
Q.あなたにとって師と呼べる人はいますか?その人からどんなことを学びましたか?
一人だけ挙げるのは難しいですね。MIの先生はほとんどですし(笑)MIの先生方には技術面はもちろん、音楽をやっていく上で人とどう関わっていくのかとか、音楽以外の事もたくさん教えてもらいました。それぞれ先生のタイプは違いますが共通しているのは音楽に対する情熱を持っていること。
そして、その情熱を貫くことを学びました。
「全然違うじゃん」って言われるくらいその曲を変えてしまっていい
Q.音楽のキャリアをスタートした時、あなたのどんな部分が役に立ちましたか?
例えばオーディションを受ける場合、2,3曲の課題曲を与えられて、それをコピーした10~100人単位の人の中から1人を選ぶ…。僕が選ぶ側だったら絶対に人と違う人間を選びます。課題曲をそのままコピーしても目立たないから、僕は選ぶ側の「こんな人が欲しいというイメージ」は気にしません。自分をアピールするなら「全然違うじゃん」って言われるくらいその曲を変えてしまっていいと思っています。いつも大切にしてきたのは、食らい付きたいというハングリーな気持ち、やれるものはなんでもやろうという姿勢、失敗しても何かのきっかけになればいい、絶対に人と違うアプローチでやってやろうという意思ですね。
Q.MI 在学中からそういう気持ちはありましたか?
はい。特にLPWの授業(ライブアンサンブルの授業)は、あいつがこうやるなら僕はこうだっていつも考えてましたね。人と同じことをやっていても埋もれてしまうだけですからね。
Q.10月からTHE ROOTLESSのライブを40本以上こなしてきて、ツアーを始めた時とツアーを終えた後の気持ちの変化はありますか?
バンド全体がパフォーマンス面もプレイ面も1つのショーをする上で変わってきたと思います。
やはりツアー中はバンドメンバーと24時間常に一緒の行動をするので、今まで以上にお互いの殻をやぶって、腹を割ってたくさんの話をしました。
そういう人と人のつながりが演奏面にも出てきました。
Q.メンバーから受ける影響は多大にありますか?
ありますね。もちろん喧嘩もします(笑)そんな音楽的な言い合いが良い方向につながっていると思っています。
音楽を妥協するのではなく理解する
Q.プロとしての心構えを教えて下さい。
「妥協じゃなくて理解」という言葉につきますね。「自分はこうやりたいけど仕方なくこうする」じゃなくて、「これはこういうことだからこう弾くべきなんだ」という音楽的な理解がプロとしてやっていく上で大切なんだと思います。第一にお客さんの事を思い、どうしたらこのバンドの音楽を楽しんでもらえるかいつも考えています。
それを踏まえた上で自分自身の絶対的な芯、「コレだけは絶対に曲げない」という部分。例えば「ライブは絶対にカッコ良く」とかそういう処はJ-POPであってもロックであっても、どんなジャンルでも貫いて演奏しています。
Q.最後にプロを目指している人達に一言お願いします。
常にオープンで、何でも吸収しようとする姿勢とハングリーな気持ちを忘れずに。でも、「絶対にコレだけはゆずらない!」という芯も忘れずに持っていて下さい。









