CJ Ramone

本当のRamonesになるまでの道程
Q1.ベースは何歳の頃から始めたんですか?始めた理由は?
最初にベースを弾き始めたのは、13歳の時だったと思うよ。若い時はスポーツに夢中だったんだ。でも、ある年の夏に背がすごく伸びて、ひざに矯正器具を付けなきゃいけなくなったんだ。ひざの組織を繋げるためにね。だからもう、スポーツが出来なくなってしまった。
僕の友達がバンドをやってたんだけどベースプレイヤーがいなくて、僕は父親にベースを買ってもらって自分なりに弾き方を模索し始めたんだ。
Q2.Ramonesに加入する以前は音楽活動をしていたんですか?
僕は2年間アメリカの海兵隊に所属していたんだ。そして海兵隊を離れてからRamonesに入った。地元のクラブで7年間ぐらい演奏もしていたよ。最初はブルースバンド。それから、ヘビーメタルバンド、その後はパンクロックバンド。僕は色んな種類の音楽が好きなんだ。でも、パンクロックはいつも僕の一番のお気に入りだった。オリジナルの楽曲を演奏することがほとんどだったけど、カバーはどんな楽曲でも演奏したよ。 AC/DCからBlack Sabbath、The Beatlesってな感じで、色々と違うバンドをね。僕はいつも違うスタイルの音楽を演奏するのが好きなんだ。
Q3.尊敬するRamonesのDee Dee Ramoneのポジションを自分がプレイする事が決まった時はどんな気分でしたか?
もちろんすごく名誉な事だけど、とても難しいポジションだよね。
でも、最初にDee DeeがRamonesを辞めると聞いた時に僕は、「Ramonesは終わりだ。Dee Dee無しのRamonesなんてRamonesじゃない」って思ったよ。その後オーディションの話を聞いて、行ったんだ。そうしたらスタジオにJohnnyとJoeyとMarkyがいた。誰でも参加できるオーディションで、参加者は全部で70人いたんだけど、その中で僕が一番初めだった。僕ともう一人のベースプレイヤーだけが、コールバックをもらったんだ。もう一度オーディションをするためにね。
ほとんどのベースプレイヤーに対してJohnnyが「No,No,No,No」って言ったんだ。Johnnyは後になってから、「最初にCJを見た時に、CJはRamonesのベースプレイヤーになるってわかっていた」って言ってたよ。
オーディションには合格したけど、最初はとても難しかったよ。多くのファンはDee Deeだけが見たかったんだ。だから僕がステージに上がったとき、物が飛んで来たりつばを吐かれたりしたよ。本当クレイジーだった。でもそれはいいんだ。Ramonesにいるっていうだけで尊敬されたりするんではなく、僕もそれに値しなければいけなかった。
バンドは家族と同じ
Q4.Ramonesのドキュメンタリー映画『End Of Century』を観ると、正直あまりメンバー間で仲がよい印象を受けないのですが、実際バンドの状態はどんな状態だったんですか?
その映画だけじゃなくて、色んな本とかにも書いてあるRamonesに対する見方はとても不公平なんだ。
Johnnyはとても厳しいボスだった。でも、そういう人がRamonesを22年間引っ張っていったんだ。バンドメンバー全員がとても難しい人たちだった。Joeyはいつでも注目されなければ気が済まなかったし、いつでも誰かが彼を世話してあげてなきゃいけなかった。Dee Deeもたくさん問題があった。彼は僕のアイドルだし、たくさん尊敬しているんだけど、彼は間違いなくクレイジーさ。Markyは最初会ったとき、ちょっとアルコール中毒だったし。だから、すごく厳しい人がRamonesを引っ張っていく必要があった。僕は人々がJohnnyに対していろいろ言う理由もわかる。でも僕はJohnnyのいい面もたくさん知っている。彼の人柄はとても人に好かれるタイプなんだ。でも、多くの本とか映画はいつも、「Johnnyがああでこうで」とか「Johnnyがどうたらこうたらで」って感じで書くんだ。みんなそうだよ。Ramonesがどんなバンドかってことに対して、しっかり表せてないんだ。バンドというものは、ある時はいい関係だし、ある時はそうではない。
家族と一緒さ。家族とだって、うまくいく時といかない時がある。自分が間違う事もある。そういう時には誰かが「黙ってそこに座れ」って言うだろ?そういうのがJohnnyの役割だったんだ。Johnnyはバンドの父親だったんだよ。
Q5.今回、CJ Ramoneとしてツアーを始めた理由は何ですか?
いくつか理由があって、まず去年は僕がRamonesになって20周年だったんだ。去年はヨーロッパと南米に行ったんだけど、日本に来る機会がなかったから、今年はこのツアーを日本でやりたいと思った。それと、Ramonesが活動を辞めた後、Ramonesに関して多くの悪い事が言われたり、起こったりしたんだ。
JoeyとMarkyがずっとケンカをしていたし...。多くの悪い事が言われる中で、Ramonesが有名な理由を勘違いしている人がいると思ったんだ。だから、Ramonesの曲をCJ Ramoneとしてプレイして回ることで、Ramonesが有名である本当の理由を人々に思い出させようと思った。それに今の段階では僕だけがRamonesの名前を守って、演奏出来ると思うんだ。他にステージでRamonesの曲を演奏して歌えるバンドメンバーはいない。だから、僕はRamonesを守っていく事が僕の責任だと思っているんだ。
Ramonesの曲を他のRamonesがいないところで演奏するのは変な感じがするけどね。今、ギターを弾いているDaniel ReyはRamonesのプロデューサーで、Dee DeeとJoeyと一緒にたくさんの曲を作ったりもしたんだ。だから、彼はRamonesと強い結びつきがある。彼はRamonesの歴史の一部なんだ。僕よりも長くRamonesと一緒に仕事をしているしね。だから彼は一緒に演奏するのにいいと思ったんだ。ドラマーのBrant Bjorkは僕の長い友達で、僕と同じぐらいRamonesを愛して尊敬してくれているのを知っているから、ドラムを叩いてくれるよう頼んだんだ。
Q6.これほど長い間、Ramonesがさまざまなアーティストやオーディエンスに支持されるのは何故だと思いますか?
Ramonesの音楽は、とてもシンプルで若い人に話しかけているようだからだと思う。エネルギーや音楽に対しての歌だからね。若者に関連しているんだ。若い時に好きで聞いていたバンドは、一生好きなバンドなんだ。それを聞くと、若かった時のことを思い出すからね。若い頃の思い出と結びつくんだ。他のバンドとは違ってRamonesは世代を越えて若者の心をつかんだんだと思う。
音楽は人生を楽しむための乗り物
Q7.あなたの音楽人生の中で学んだ最大の教訓は?
自分を表現する何かを見つけなくちゃいけない事と、情熱や愛をそれに注がなければいけない事。僕の人生にとってそれは音楽だった。発散できる形の欲求とか怒りとか、もちろん他の感情もね。多くの人が人生の中で、辛い局面にぶつかると思う。でもそれは感情を発散する場所がないからさ。僕にとってはステージで演奏したり、音楽っていうのはそういった感情を発散する場所で、僕自身を表現する方法なんだ。ある人にとっては、それは絵を描く事だろうし、車を作る事かもしれない。建築物を造る事も自分を表現する方法だね。人生は感情を発散して自分を表現する何かが必要だと思うんだ。もし感情を発散出来る場所を見つけられたら、人生に起こることを全て経験だと思えるし、自分自身に平和な感情を持てると思うんだ。それが僕が音楽から学んだ事だ。それが僕が必要としている物だ。もしこれがなければ、僕は全然違う人だったと思う。全く僕とは似ても似つかない人柄だったと思う。
それに音楽は僕にとっての乗り物でもあったんだ。ただ単に表現するための物ではなくて、世界を見るためでもあるし、世界を旅行するためのものでもある。地元にいたら、決して習う機会がなかったアイデアを得たりね。これは素晴らしいよ。自分が好きな事でできているんだからね。それが僕の心の中にある一番大事なことだ。情熱とともに生きて、自分を表現する場所を見つける事。
Q8.最後にプロを目指している人達にアドバイスをお願いします。
僕がRamonesのオーディションに受かった理由は、僕がいつも情熱を持って演奏していたからだと思う。僕は演奏するのが大好きだったから。自分の情熱や愛や、本当の感情って言うのは、だませるものではない。僕が出来たことは、正直でいることだった。だから感情とともにプレイしたことが僕をここまでつれて来てくれたと思う。だから僕は今までの人生のほとんどを音楽と一緒に過ごして来れたんだと思う。正直に、自分が好きな事をすることだよ。
僕には音楽で生計を立てている友達がいる。彼はツアーバンドじゃないけど、先生として音楽と関わっている。オーケストラでプレイしている人もいる。僕らみんなに共通しているのは、みんな音楽を愛しているって事だ。そしてみんな音楽が導くものにどこでもついていったんだ。もちろん彼らも機会があれば有名なバンドに入って世界ツアーをすることも喜んでやったと思う。でもそうでなくても、音楽を人生の乗り物にすることはできる。音楽が好きな限り、音楽を失う事はできない。演奏せずにはいられない。だってそれが好きなんだから。「有名になりたいから」だとか、「億万長者になりたいから」だとかじゃなくて「音楽を愛しているから」じゃなきゃいけない。音楽を愛さなければいけない。









