早川 誠一郎

UPDATE:2008.07.31
出身校: MI 東京校
セッションドラマーとして、がんばってます!
◆7歳でドラムを始める。 様々なアーティストに影響を受け、小学校高学年からバンド活動を始める。
◆2000年MI JAPAN 東京校 PITに入学。
◆16歳の時、小野正利のサポートを務める。
◆MI JAPAN卒業後、18歳から栄喜(HIDEKI)(ex.SIAM SHADE Vo.)のソロプロジェクトに参加。
新宿リキッドルーム、渋谷AXなどでライブを行う。
後に栄喜(HIDEKI)と共にACIDを結成し3枚のシングル、アルバムをリリース。ライブツアーなどを精力的に行う。
◆2008年4月 ベーシスト 吉田建を中心としたラテンミュージックバンド「LatinaFujiyama」に参加。
◆2008年9月ACID解散、その後2009年Needless Lyricsを結成。
同年5月にアルバム「Needless Lyrics」をリリース、
5月31日にファーストライブを行い、
7月には4ヶ月連続ワンマンライブを行う。
2010年シングル「深愛/人との間」をリリース。
2011年1月27日のライブを最後に解散。
その他にも上木彩矢 / 王族BAND / KATEI / 高崎愛梨など様々なアーティストのライブ・レコーディング等に参加し、セッション活動中。
MIジャパンはどうだった?
いったん高校には進んだが、通うことにあまり楽しさを見いだせなかった。小学校1年のときからドラムを続けていたから、高校の軽音部では満足いかなかったし、今後の進路として音楽で食べていく道をはっきりと意識したという。
「高校は正直つまらなかった。もっとドラムの勉強をしたいと思ったし、ドラムを仕事にしたいと思ったから音楽学校に行こうと考えた。オレにはドラムしかなかった。」
高校を中退してMIジャパンに入学。先生との出会いが彼を変える。
「この2年がなかったら今の自分はないと思う。先生の影響をものすごく受けて、ドラムもそうだったけれど、むしろ挨拶の仕方みたいなことから、この世界のことを徹底的に教えてもらった。先生は厳しかったけど、めちゃめちゃ楽しかった。学校を休むなんてほとんどなかった」
後輩達にメッセージ
「この世界で仕事をもらうのに必要なのは、とにかく積極性だと思う。人の印象に残ることが何より重要。そう思って自分は学生だったとき、とにかく何にでも参加しようとしたし、先生たちにもくっついていった。そのことで得た人間関係は今もこれからも生きていくと思う。学生だからってその立場に甘えないで、逆に業界のシミュレーションだと思ったほうがいい。そうすることで自分が何を身につけるべきかがよく見えると思う」



















